子どもたちと私
南大沢メディカルプラザ 小児科 志水達雄
ついこの間まで「自分が親になる」など、考えもしませんでした。また、想像しても、果たして務まるものだろうかと不安ばかりがありました。「親になる」とは、自らを律し、かつ自分以外の人間の世話もしなければならないと思っていたからです。
さて、「親になった」らどうでしょうか。長男が産まれても、何と半年近くも「私の、この目の前に存在する、動いている生物は何だろう?」と感じていました。これは診察時の感覚とは明らかに違うものでした。さらに何事もなく元気に育ってくれるかとか、具合が悪くなっても冷静に対応できるかとか、考えればきりがありませんでした。しかし、毎日我が子と触れ合い、相互のやりとりが確立するにつれ、ようやく「ああ、目の前の子が私の子なんだなあ、そして自分は父親になったんだなあ」という実感がわき、気持ちにも少し余裕がもてるようになりました。
長男誕生から1年11ヶ月後に次男が、さらに2年6ヶ月後に三男が産まれました。今から振り返れば、長男が産まれた時のあの戸惑いは、時間が経てば徐々になくなっていくもので、それはまた親になる心の準備期間であった、ということに気付きました。
日々の診療をしていると、「~しなければならない、余裕がない」という表情の親御さんがしばしば来院されます。育児書にはそう書いてあるから、「~しなければならない」と思い込んでしまうのです。育児に一生懸命な故に、かえって身動きが取れなくなってしまうのでしょう。しなければならないことも勿論たくさんあり、余裕を持てなくなる時もあると思います。しかし、不安を持つ時は親として成長する時でもあります。「育児は育自」で、親と一緒に成長するものなのです。私も子どもたちに恵まれなかったら、このような感覚を持たずに小児科医をしていたと思います。皆様も子どもたちと真っすぐ向き合い、共に成長していきましょう。
更新日時:2010年03月23日 10時50分




