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Home / モリテツのスペイン紀行❼「偉才と異彩2」(マラガ3)

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Date: Jul 10, 2020
Author: 編集部 37 コメントはまだありません

ピカソの生家から200㍍ほど歩いたサンアグスティン通りには、ピカソ美術館がある。生涯147,800点、ギネスブックに認定されるほどの作品を残したピカソの美術館は世界中に点在している。有名どころはパリとバルセロナ。仏国内だけで3施設、スペインには5施設、独、スイス各1といった具合だ。

2021年には仏マルセイユに、最後の妻ジャクリーヌ・ロックの娘が世界最大の巨大美術館をオープンさせる計画もあるとか。

しかし、生まれ故郷にあるマラガの美術館はさすがは本場人気。客足が絶えない。もっとも開館は2003年と新しく、表札も外装も案外地味(写真1)。16世紀に伯爵が住んでいたブエナ・ビスタ宮殿を21億円もかけて増改増、スペイン国王・女王列席のもと、除幕する力の入れようだった。

6ユーロを支払って入場した。天窓を通して自然光を採り入れ、館内は整然と(写真2)して、中庭も魅力的(写真3)。展示作品は一族の寄贈。ピカソの長男パウロ・ルイス・ピカソの未亡人クリスティーヌ・ルイス・ピカソは、絵画14点、36点のドローイング付きスケッチブックや図面、陶磁器など、計133点を寄贈。彼女の息子でピカソの孫にあたるバーナード・ルイス・ピカソも、155点を寄贈したという。

その額だけでも目が飛び出るほどの価格だろう。とにかくピカソの作品は高額である。

油彩画「アルジェの女たち バージョン0」は、ニューヨーク・クリスティーズの絵画オークションで1億7,936万5,000ドル(約215億円=2015年5月11日時点)の絵画取引史上最高額を記録。歴代競売ベスト10に3作品を連ねるほど。

しかし、調べてみると、巨匠の人生は、果たして、幸せだったのだろうか、と思わせる。生き方自体もまたまた、ひときわ異彩を放ち、波乱万丈。

生まれた時は難産のため息をしておらず、葉巻の煙を鼻に吹き込んでやっと産声をあげたという子は育つにつれ、目鼻立ちが整った今風に言えばイケメンに。異性への関心は強く、新進画家にとってパリは恋の格好の舞台。

貧しかった初期は、親友の失恋自殺に衝撃を受けたことをきっかけに、底辺に生きる人々の苦悩、孤独、貧困を青を基調に描いていたが、モデルにした人妻フェルナンド・オリビエとの出会いを機に作風は明るくロマンティックに変わり、「青の時代」(1901年~1904年)から「バラ色の時代」(1904年~1906年)に……といわれた。

同時に、有名な「アビニヨンの娘たち」を描いてピカソ独特の抽象画の世界を作り上げた。当初、画壇の評価は「ピカソは狂った」と厳しかったが、世評は真逆で作品の魅力が急速に広がる。

熱烈な恋をしてインスピレーションが沸き上がり、日常を共にする愛人が作品に溶け込まされてゆく。女性が変わるたびに作風が変遷したといわれるのはこのためである。

1911年、ルーヴル美術館からレオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」が盗まれた事件では、なんと容疑者の1人として誤認逮捕されたことも。その翌年、モンパルナスでエヴァ・グエルと出会い、熱烈な恋に落ちたが、3年後に彼女を結核で失くす。

ロシアバレエ団の美術担当だった1917年には、ロシア将軍の娘、バレリーナのオルガ・コクローヴァと知り合って、翌年結婚。ピカソ36歳。オルガの息子が、マラガの美術館に作品を寄贈したパウロ(の妻)である。

10年後の1927年には、17歳の女子大生マリー・テレーズと同棲生活を始め、娘マヤができる。その後も写真家ドラ・マール、女流画家フランソワーズ・ジローと同棲、79歳にしてジャクリーヌ・ロックと結婚。

ピカソの死後13年経った1986年、ピカソ生誕105年の10日前、ジャクリーヌはピカソの墓前で自ら命を絶った。それ以前、ピカソが死んだ4年後には、「死後のピカソを守る」とマリー・テレーズも自殺している。

交際した7人のうち、3人の女性が激しく身もだえて死に絶えた。破壊と創造の人ピカソ。これら7人の女性たちが驚異的かつ個性的作品を誕生させたエネルギー源である。

そんなピカソの永遠のパートナーは鳩。妻すら入れなかったアトリエもこの友は許された。なんと表したらいいのか、その絵と同様にとらえどころのない強烈な人生である。

森哲志(もりてつし)

作家・ジャーナリスト。日本エッセイスト・クラブ会員。国内外をルポ、ノンフィクション・小説を発表。『もしもし』の「世界旅紀行」は、アフリカ、シルクロードなど10年間連載中。著書近刊に退位にちなんだ「天皇・美智子さま、祈りの三十年」(文藝春秋社・2019.4月刊)。月刊「文藝春秋」3月号に「天皇ご夫妻と東日本大震災」掲載。「団塊諸君一人旅は楽しいぞ」(朝日新聞出版刊)など著書多数。
森哲志公式サイト
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