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『もしもし』長谷川豊子の生きるということ
 その10「生きてきた証」

その10
「生きてきた証」

Tさんはこの7月15日で101歳。
お孫さんと私の息子が保育園来の同級生で、ある催しで20数年ぶりに再会。
昔話に花が咲いた時に「おばあちゃん、一〇〇歳なんだ」と教えてくれたと。
Tさんは、私の母と老人会でご一緒だった方で、息子にはさまざまな思い出があり、「Tのおばあちゃん、凄いね」と話しました。

私はTさんと面識はないものの、話を伺いたいと息子を通して連絡をとり、2年ほど前から入居する施設を訪問。
最初は「もうね、何にもわからないの」とおっしゃっていたけれど、松が谷に来る前に暮らした銚子での日々を思い出し、滔々と話してくれました。
「よく働いた。私もだけど、皆よく働いた」「子どもを背負い、水揚げされたイワシを寝ずにさばいて。働かないと食べるものも食べられないでしょ」と。
最後に「私も頑張るから、あなたも頑張ってね」と励ましていただきました。
素晴らしい生命力です。

後日、Tさんのお嬢さん、つまりTくんのお母さんにも話を伺いました。
Tさんはご主人を八十六歳で亡くした時、「私は一〇〇歳まで生きるよ。見届けてね」と話されたと。
子ども時分に小児喘息を患っていたお嬢さんの健康を願い、心も体も寄り添って面倒を見たTさん。
「おかげで今は健康です。感謝を込めて、今、私にできることを精一杯やろうと思います」。
素敵な母娘関係です。

こんな市井の人々の温かな人生を『もしもし』を通して読者に届けたい。
改めて思います。
それが私のこれからを生きる意味だと思います。

 

PROFILE

長谷川豊子(はせがわとよこ):
『有限会社もしもし』専務取締役。1985年9月、『もしもし』の前身である『奥さまもしもし新聞』を一人で発行。以来第一線で、編集者として取材・執筆・広告営業にと走り続けてきた。


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