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モリテツのスペイン紀行❽ 「バルコニーの名刑事」(マラガ4)

言葉の覚えが悪い吾輩なれど、「ブエノス ディアス」(おはよう)、「グラシアス」(ありがとう)、「アディオス」(さようなら)、「ペルドン」(すみません)程度のスペイン語は覚えた。

が、最も頻繁に使うのは「オラ」。やあ、どうも程度の軽い挨拶でスペイン人も顔を合わせるたび口にする。通りすがりの見知らぬ人とも交わすので、1日3、40回は連発しているだろう。指さして「クワント?」も貧しいゆえに多い。「これ、いくら?」である。

宿の主人に「オッラ」と声をかけると、「オッラ」と返した後、笑いながら早口で何事かまくし立てた。よくわからないが、「コスタ・デル・ソル」と聞こえたから、おそらくマラガ自慢の太陽の海には行かないのか?とでも言ってくれたのだろう。

日本では日々、スポーツクラブでスイミングが唯一の健康法。元々、海育ちゆえ、水に触れるのは大好き。マラガ市内の雑踏ばかりうろついていたら、この青空と同じようなコバルトブルーの海に急に出かけたくなった。

バスに飛び乗れば、さして時間をかけずに海を拝める。鉄道駅のマリア・サンブラーノ駅に隣接するマラガ・バスステーションに向かった。目的地はマラガの東56㌔、「ヨーロッパのバルコニー」との異名があるネルハ。Nerjaと書く。スペインでjaはハなのだ。

バスはスペイン全土を走る「ALSA」。窓口で4ユーロ余を支払い、薄っぺらいチケットをもって38番バス乗り場へ。

N380号線を行くのだから、地中海の絶景を拝むなら右側の座席だ。2,000㍍級のアルミハーラ山系の山が海岸線に迫り、リアス的景観が続く。

1時間余りでネルハに着いたが、バス停は欧州のバルコニーの玄関としてはなんともお粗末な掘っ立て小屋まがいの建物。海からは300㍍ほど離れており、タクシーを拾って、ビーチへ。

海岸通りはさすがにリゾート地らしい華やかでカラフルな街並み。バルコニーの断崖下に広がる海水浴場カスティーリャ・ビーチへ着くなり、砂浜に100円ショップで購入済みのビニールシートを敷いてポリ袋に詰めたスマホと財布、パスポートをその下の砂中に埋めこんで早速、紺碧の海に。波もなく遠浅で数十分間泳いだ。

昔は海に浸り続けても飽きはしなかったが、歳のせいか海水よりセルベッサ(ビール)の方が懐かしくなる堕落ぶり。

バルコニーは断崖上のマウンテンテーブル状の見晴らし台になっており、その真下にはガラス張りのレストランが設けられている。セルベッサを一杯ひっかけて早速、バルコニーへ。なるほど「ヨーロッパの」、と大仰に表現するのが納得できる眺望だ。真っ青で静かな海の彼方には何もない。昔日の敵艦隊の監視台だった頃の大砲も。バルコニーは19世紀のアルフォンソ十三世が名付け親である。

観光客で賑わっているのに、孤絶感を感じさせると思ったのもつかの間、後ろで初老の夫婦がなにやら言い合っている声が聞こえた。

振り返ると、シルバーの髪が見事なご婦人がそれまでの険しかっただろう表情とは打って変わったにこやかな顔で。

「Japanese?」とおっしゃる。頷くと、傍らのこちらはブロンドの髪が薄れた旦那さんが「Kagurazaka、nice!」と親指を立てる。スコットランドのグラスゴーからやって来たそうで、前年夏、日本に2週間滞在したそうだ。

「Kabukicho、kuidouraku、Hiroshima、Unzenonsen…」

訪ねた先を口々に並べられたが、神楽坂や雲仙が良かったとは、最近の外国人観光客は日本人顔負けではないか。40年の警察官勤めをリタイアして世界を漫遊しているとか。

「どんな仕事を?」と尋ねると、「Murder case」とおっしゃるから殺人事件専門、スコットランドヤードの名刑事だったのかも。すると、奥さんがいきなり、「But always drinking too mutch」(この人ったらいつも飲みすぎなの)との厳しいご指摘。元刑事の左手には小さなウイスキーボトル。さては、こんな素晴らしいステージでちびりやってしまって口喧嘩が始まったのか。ステージに上がる前に一杯ひっかけた吾輩としてもつい俯きたくなってしまった。

 

プロフィール

森哲志(もりてつし)
作家・ジャーナリスト。日本エッセイスト・クラブ会員。国内外をルポ、ノンフィクション・小説を発表。『もしもし』の「世界旅紀行」は、アフリカ、シルクロードなど10年間連載中。著書近刊に退位にちなんだ「天皇・美智子さま、祈りの三十年」(文藝春秋社・2019.4月刊)。月刊「文藝春秋」3月号に「天皇ご夫妻と東日本大震災」掲載。「団塊諸君一人旅は楽しいぞ」(朝日新聞出版刊)など著書多数。
森哲志公式サイト
mtetu@nifty.com

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