スペイン紀行15 「愉しき旅は道連れ」(ムルシア~バレンシア)
何か訳もわからぬままスーパーで買ってきたリキュールが大当たり! 酒飲みにとってこれほど至福な瞬間はないものだ。日本ではせいぜい極上の大吟醸でも口にした時ぐらいだが、スペインではチャンスが転がっている。
クレマンさんと宿に帰る途中、夕食は自前でとスーパーに寄った。そこで見つけたのがこれ。「AZANZA」。25%VOL.とあるから酒だろう程度の知識で買い込んだ。確か500円から600円ぐらいだったか。
宿のキッチンでクレマンさんと並んで夕食。今夜はサラダに生ハム、バタールにペーストの簡易版。いくらもかかっていない。なにしろ生ハムも1ユーロ。
San Miguelの缶ビールの後、開栓して一口。いやあ、美味い。果実酒のなんともまろやかな味。アルコール濃度がそんなにあるとも思えない。クレマンさんもしきりに頷いて気に入った模様。そこへケイル君と美帆嬢もやってきて、あっという間に空になってしまった。
ネットで調べると、Pacharánは元はバスク語らしく、ピレネー山脈山麓のナバーロ地方の特産。スモモ属のスピノサスモモを漬けて蒸留させた果実酒らしい。
酒も入れば話も弾む。
「僕らはクレマンさんと明日、バレンシアに向けて発つよ」と言うと、「へえ、それなら途中のアリカンテまでレンタカーでどう? そこからすぐだよ」とまたまた誘われた。クレマンさんは興味がある街らしく大乗り気。こちらとて優柔不断ぶりに我ながらあきれるものの、断る理由もない。
翌朝、ケイル・美帆カップルとレンタカーの店へ。途中、寄り道すると言って橋を渡った。橋の欄干に無数の南京錠。パリ・セーヌ川のポンデザールで有名な愛のおまじない。平塚市・湘南平のテレビ塔フェンスもその名所で取材したことがある。
二人はポケットから取り出した錠をかけてカギは互いに交換。本来は川へ捨てるはずだが、「それって環境問題でしょう」と美帆嬢。ケイル君も笑顔でイエッ!
借りた車はベンツだ。1時間もしないうちにアリカンテに着いた。アリカンテはギリシャ語で「白い高台」。きれいなビーチ沿いのごつごつした岩山が要塞の城になっているらしい。この街のシンボル、サンタ・バルバラ城。カップルはここに泊まるという。列車で駅まで送る間にその城の見物に。海抜167㍍。あんな所まで登らされるのかと引きかけたが、ここもエレベーター付き。ただし有料。2.7ユーロ。トンネルを抜けた先にエレベーターがあり、上まで32秒。眼下の見晴らしはさすがだ。
カップルに甘えて邪魔してもいけないとクレマンさんと相談、中央市場があるMercado駅で降ろしてもらった。その段になってケイル君がポケットをあさって焦っている。南京錠のカギが見当たらないよう。モメること必至だ。バレンシアでの再会を約束してその場でバイバイ。
アリカンテ駅に向かうトラムに乗り込んだ。なかなか洒落ている。遠距離のトラムもあるらしい。駅ではロビーのピアノで誰かがジョン・レノンの「イマジン」を弾いていた。
さあ、ここから一路バレンシア。といっても乗車時間はAVE(高速鉄道)のRenfeで1時間45分。料金2,700円。
バレンシアは人口80万人強のスペイン第3の都市。ホアキン・ソロージャ駅前はそんな感じがしない。二人で地図を片手にぶらぶら歩いて予約の宿へ。川沿いの「ザ リバー ホステル」に着いた。その川に水は流れていない。埋め立てられて公園や遊歩道が整備され、犬の散歩やジョギングにサイクリング通路まである。
宿はドミトリー。人気の宿で小さなフロントは混雑。ベッドもこんな感じでお粗末。なにもかもデポジット付き。やっぱりここは大都市だなあ、と初めて実感した次第。まあ、これも旅よ……。
プロフィール
森哲志(もりてつし)
作家・ジャーナリスト。日本エッセイスト・クラブ会員。国内外をルポ、ノンフィクション・小説を発表。『もしもし』の「世界旅紀行」は、アフリカ、シルクロードなど10年間連載中。著書近刊に退位にちなんだ「天皇・美智子さま、祈りの三十年」(文藝春秋社・2019.4月刊)。月刊「文藝春秋」3月号に「天皇ご夫妻と東日本大震災」掲載。「団塊諸君一人旅は楽しいぞ」(朝日新聞出版刊)など著書多数。
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