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モリテツのスペイン紀行29「サラゴサのゴールデン街」(サラゴサ)

 駅の窓口に立って不意に気持ちが変わった。心はバルセロナにサヨナラしたのだから、明朝にもたとう。Renfe(スペイン国鉄)のAVE(超特急)でわずか2時間。日本円で3,000円。

 ケイル・美帆嬢らが滞在予定のサラゴサの宿とおおよそのルートも聞き出し、別行動了承の下、翌早朝チェックアウト。

 サンツ駅地下1階ホームからは仏、伊、スイス行きなどの国際列車も。パリまで6時間半。X線の荷物検査を経て列車に乗り込むと、まずはビュッフェでコーヒー。パソコンで旅日記をつけていたら、サラゴサ・デリシアス駅に到着した。この駅も意匠が見事。天井が独特のデザインだ。

 サラゴサは人口67万人のエブロ河畔に広がる古都。古代ローマ時代に架けられたピエドラ橋はじめ、褐色の建造物が青空と緑の中に佇み落ち着いた雰囲気がある。賑やかなバルサと対照的。駅からバスで街の中心ピラール広場へ。その近くに宿をとった。宿の窓からスペイン全土の守護聖母ピラールを祀る教会も。

 ここはアラゴン王国の都。イスラム勢力に支配されていたこの地を武人王の異名があるアルフォンソ1世が1118年に奪還して築いた。現国王フェリペ6世(54歳)につながる欧州の名家ブルボン王家とは異なる系譜。ただその後はキリスト教とイスラム教が融合した形で発展、ムデハル建築様式の名で数々の歴史遺産を残してきた。アルハフェリア宮殿の天井はその象徴で世界遺産。

 これまで数々の建造物を見てきたが、整理してみると、スペインの建築様式はロマネスク様式(10~12世紀)、ゴシック様式(12~15世紀)、ムデハル様式(13~14世紀)から、ガウディのサグラダファミリアに代表されるモデルニスモ様式(19~20世紀)に流れてきたといえそうだ。

 シエスタ(午後のお昼寝タイム)をとって夕食に出かけた。太鼓腹の宿の主人にたずねると、「一杯飲むならトゥーボ通りだよ。サラゴサは呑兵衛のまちってわかるさ。ハハハッ」

 驚いた。狭い路地にタパスBARがびっしり。店内だけでなく路地にも人が溢れ、時と共に肩もすれ違うほど。まるで全盛期(昭和4、50年代)の新宿ゴールデン街じゃないか。サラゴサのまさに別の顔。宿の主人のおっしゃる通り。呑兵衛に国境はなし。

 サラゴサがスペインきってのタパス文化を誇るためらしい。日本からタパスBAR巡りツアーもあるほど。

 ともかくその種類も半端じゃない。3軒歩いた店のどこもタパスが違う。衣の中に何が詰まっているかは食べてのお楽しみ。勧められた一品は、クロケッタ。スペイン語のコロッケだ。「ラス・ボンバス」はその名の通り爆弾。中身はひき肉詰めで凄い美味。イカ、タコ、アンチョビ、マッシュルームと一口サイズのおつまみタパスに次から次に手が出てしまう。

 おつまみ比べではゴールデン街など足元にも及ばぬ。値段もまたしかり。木曜日はなぜか安い店が多く、ワインにタパスを頼んで2ユーロぽっきりというBARもあった。

 最後の仕上げは宿の主人が試せと言っていたミガス。一体何なのか。頼んでみるとチャーハンらしき一品。米じゃないけど似ている。パン屑にほうれん草やチョリソー、豚肉などを加え、ニンニクやパプリカ、オリーブ・オイルなどで調理したものという。日本語で言えば「パンくず炒め」。元はアラゴンの羊飼いが牛を追って移動中、食べ物に困って考え出した郷土の伝統料理だそうだ。

 すっかりいい気分になった。帰り道、振り返った路地の奥に聖母教会の鐘楼。飲んだ帰りの気分だけはゴールデン街帰りと全く同じ。ほろ酔い気分にもまた国境はなし。

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