モリテツのキューバ・南米紀行13「親日の革命家3」 (ハバナその13)

1955年7月、ゲバラはメキシコで亡命中のフィデル・カストロと出会い、フルヘンシオ・バティスタキューバ独裁政権打倒を誓い合う。翌年11月には、カストロら反乱軍兵士82人と共にプレジャーボートでキューバ本島に乗り込み、政府側の反撃でほぼ壊滅状態になりながら、生き残りの12人でシエラ・マエストラ山脈に潜伏、戦力の立て直しを図って反政府勢力と合流。
ゲバラは軍医だったが、戦闘を通じて冷静な判断力と戦況分析力、人間掌握力が際立ち、たちまちカストロに次ぐ反乱軍ナンバー2の存在に。その頃の肖像画がここでも一番人気だ。
59年1月1日午前2時10分、バティスタ政権をついにドミニカへ追いやり、カストロ軍がハバナに入城して革命は樹立した。
邸宅を出てしばらく歩いていると、屋台(写真10)に行き当たった。揚げパン風の菓子チュロス(写真11)だ。50円ほどで盛りだくさん。それをつまみながら、ゲバラの時代を想った。
58年(昭和33年)といえば、日本では皇太子・明仁親王(現上皇陛下)と正田英三郎日清製粉社長の愛娘美智子さんが婚約(11月)、さらには長嶋茂雄がプロ初デビュー、4打席4三振して話題をさらい(4月)、早実の王貞治もこの年巨人に入団決定(8月)。華やかな話題で日本が敗戦から復活して盛り上がっていた頃である。
日本とは縁遠い印象のゲバラではあるが、実は59年7月15日、通商使節団長として日本を訪れている。時に31歳。愛知県のトヨタ工場を見学後、なんと広島平和記念公園を訪ね、原爆死没者慰霊碑に献花、原爆資料館も観覧。親日家ゲバラの知られざる素顔というところだ。
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