『もしもし』長谷川豊子の生きるということ
その28 「縁あれば千里」

その28
「縁あれば千里」
▼20代半ば過ぎのこと。ある人から「もう、あなたとは会いたくない」と絶縁されました。私自身はその人に誠実に向き合っていたつもりでしたので、辛かった。でも、心が離れたのなら仕方がないとも思いました。ただ、私から縁を切ることはせ
ず、思いを馳せ続けようと決めました。そして半世紀。
▼先日、会社に一本の電話が入ったのです。現・代表の五来が受けました。年月を重ねる中で自分から縁を切ったことを後悔し始めたこと、謝りたいと気になっていたこと、それができなくて今になってしまったこと。訥々と話してくださったそうです。
▼私が『もしもししんぶん』を夫と共に発行していたのをご存知で、読みたいとおっしゃり、夫の死には「会いたかった、残念です」とも。ありがたい。縁が再びつながりました。桜が咲く頃に会う約束もしました。
▼『もしもししんぶん』を発行してきて一番の私の喜びは、多くの人と出会い、縁を重ねられてきたこと。縁は温かなつながりを生み、私一人ではできないことができるようになったり、このまちで新しい取り組みを始めることもできました。そしてその積み重ねが、自分自身と『もしもししんぶん』を育ててくれたと実感しています。
▼「縁あれば千里」。縁がある人とは、たとえ千里も離れたところにいても必ず出会えるが、縁がないと向かい合っていても巡り合えない。中国のことわざが由来の言葉。人と巡り合いつながっていくには、その縁を見逃さないことですね。そのためにも今日も私は、自分自身を磨きます。
PROFILE
長谷川豊子(はせがわとよこ):
『有限会社もしもし』専務取締役。1985年9月、『もしもし』の前身である『奥さまもしもし新聞』を一人で発行。以来第一線で、編集者として取材・執筆・広告営業にと走り続けてきた。
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