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『もしもし』長谷川豊子の 生きるということ
 その2「小さなこだわり」

その2「小さなこだわり」

編集も経営も試行錯誤の連続でした。特に会社経営はド素人ですから、広告費と制作費のバランスが噛み合わず、毎月の支払いは四苦八苦でした。『奥さまもしもし新聞』時代も今も、広告収入が経営の土台で、紙面が広告で埋まらなければ赤字になってしまいます。今にして思うのは経営の「け」の字も知らない主婦の行動としては、無謀過ぎる挑戦でした。

広告をいただいている以上、もはや途中で投げ出すわけにはいきません。情報紙としての役割、面白くて役に立つ記事、読者は何を望んでいるのか? 広告の宣伝効果を高める工夫は? 常に考えて考えて、ただひたすらに前を向いて突っ走る日々でした。

当然のことながら発行部数分だけ紙代も印刷費もかかります。創刊2年目には多摩センター駅近くに借りた4畳半ひと間の事務所経費、さらにポスティングをしていただくエリアスタッフさんの給料など、月々決まった支払いが待っています。まさに綱渡りのような経営でした。

印刷所の社長さんが支払いを待ってくださり、むろん私は無給で、とにかく経費を削りに削って何とか切り抜けてきました。が、あるときポスティングをやめて一般紙の折り込みにしようと考えました。一部につき2円安くなります。この2円が毎月のやり繰りをどれほど楽にしてくれるか。けれど私は悩みに悩んだ末に、とりやめました。なぜなら、新聞発行のコンセプトから崩れてしまいます。

私は新聞を通して人の温もりを届けたかったのです。

その思いはエリアスタッフさんにも伝わっていました。出会う方とのご挨拶はもちろん、雨の日は新聞が濡れないように、一度ポストを拭いてから投函するのだとか。一人暮らしの高齢者のお宅と知って、郵便物が溜まっていればピンポンと押して無事を確認するとも。エリアスタッフさんから人と人のつながりが生まれていました。配達と見守りが、いつの間にか自然な流れになっていたのです。

折り込みにすれば、毎回、事務所に山積みされる新聞の仕分けもなくなり、経費が大幅に浮きます。でも、〈できないなあ〉と思いました。

リニューアルした『もしもし』は、私の〝小さなこだわり〟を不器用に守り続けて相変わらず四苦八苦しています。試練なき人生がないように、苦労なき仕事もありません。けれどその苦労のお陰で、私は正直に誠実に人と向き合うこと、工夫と努力を怠ってはならないことが身に染みました。試行錯誤したであろう紙面を見ながら、『もしもし』が読者を巻き込み、この街に元気あふれる未来を創っていけるよう、願わずにはいられません。

PROFILE

長谷川豊子(はせがわとよこ):『有限会社もしもし』専務取締役。1985年9月、『もしもし』の前身である『奥さまもしもし新聞』を一人で発行。以来第一線で、編集者として取材・執筆・広告営業にと走り続けてきた。

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