モリテツのスペイン紀行30「昇仙峡から五稜郭?」(サラゴサ~ハカ)
サラゴサは一泊で発つことにした。雄大な自然のピレネー山脈に少しでも近づきたいと、ケイル君らに聞いていたルートを先に進もうと決めたのだ。ピレネーはユーラシア大陸西端からイベリア半島のつけ根を東西に走る総延長430㌔にも及ぶアルプスよりも古い山脈。
目の前に聳えるラ・セオ(大聖堂)を横目にバスで鉄道駅へ。午前8時43分、フランス国境につながるローカル鉄道に飛び乗った。
サラゴサを抜け、山あいの荒涼とした原野に差しかかると、風景が一変した。岩山が連なるこんな景観にスペインで接したことがあったろうか。小麦と葡萄畑が広がる緑の平原に青い海のイメージが強い。
それにこの山峡の寂れた道がパリとマドリードを結ぶ主要ルートだったとはにわかに信じ難い。どんな歴史を秘めているのか。面白そうなビュー・ポイントにも事欠かないだろう。
午前10時50分、途中下車するリグロス駅に着いた。誰もいない無人駅で乗客が4人も降りた。みな目的は一つ。「オオッ!」白人の男女3人が大げさな声をあげて両手を突き出してハイタッチ。線路際に立って、その壮観な様に見入った。
ピレネーの大自然が生んだ「マロス・デ・リグロス」。赤茶色の荒々しい岩肌をむき出しにした岩壁が集落をのみ込むように迫り立っている。すぐ近くで見ると、圧倒されるような迫力。一番高い岩壁は地表から275㍍。ほぼ垂直壁だ。まさにピレネーの奇跡。
駅からしばらく歩いて丘の上に登った。ここは人口70人余。ロッククライマーにとっては憧憬の地。観光・登山客向けのホテルもあるが、みなハイクラスなので、宿泊せずに夕方の列車まで一時滞在することにした。
地面にビニールシートを敷いて、サラゴサで買い込んだトルティーリャ・エスパニョーラ(オムレツ)、ポテト料理のパタタス・ブラバス、チーズにセルベッサと赤ワイン、バタールを広げる。
まるで木の枝のように巨大壁から独立した奇岩もある。ピレネー山脈の造山運動に伴い、圧力を受けた地層が変形する現象などで堆積岩に変化が生じた結果という。
ふと、花崗岩の断崖や奇岩で知られる国の特別名勝・昇仙峡(甲府市)を思い出した。巨岩の荒々しさはいずれも同じ。だが、鮮やかな緑と澄んだ水に恵まれた昇仙峡は柔にしてどこか優雅。こちらは人を寄せつけぬ荒っぽさを晒して粗野にして剛毅。仰向けになると、上空に2㍍近いハゲワシが舞い、なにやら狙われているようで気味悪く岩陰に身を潜めた。
午後5時50分発の列車に乗ってハカに向かった。乗車1時間8分。ハカはピレネー山脈の入り口に当たる人口1万1千人の街。ここに一泊する。
山あいの街にしては洒落た店やレストランが並ぶ。スキーリゾート地で知られるらしい。冬季五輪開催地に何度も名乗りを上げたが、実現していないそうだ。
ここは北からの侵攻に備えた軍事要塞の最前線でもあった。その名残りが緑の芝生にアカシカが遊ぶ要塞。宿はそのすぐそばだった。上から見ると五角形という。1670年に完成、兵器庫として機能、今は歴史博物館。
ここでもつい函館の国特別史跡・五稜郭を思い出してしまった。もっとも五角形の要塞は欧州こそ元祖。16世紀に広がり始め、函館の五稜郭もフランスの軍艦副艦長が箱館奉行所要人に伝授して1855年(安政2年)に築造計画がスタート。武骨なハカの要塞に比べて、五稜郭の造りは圧倒的に精緻である。
旅先でこうしてふと日本を感じる瞬間がいい。これも味わい深い旅の興趣ではなかろうか。