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モリテツのスペイン紀行34「ヘミングウェイの面影を追って」(パンプローナ)

翌朝、ピレネーの山々は霧雨にけぶっていた。インターネットが通じぬ山中だが、ベッドもバスルームも清潔で居心地最高。ケイル君たちは夜明けに発った。歩きに魅了されたらしい。

 午前9時すぎ、バスに乗った。ヘミングウェイの『日はまた昇る』で有名なあのエンシエロ(牛追い)の街パンプローナを目指す。本を読んで以来、一度は訪ねてみたかった。

 バスがブルゲーテの村に入った。窓の装飾が凝った赤瓦屋根の民家が並ぶ。サン・ニコラス教会を過ぎた。この村も同作品の主人公ジェイク・バーンズがバスに乗って鱒釣りに訪れるシーンで何度も登場している。その同じバスだと思うと感慨深い。

 かってキューバに『老人と海』の漁村コヒマルを訪ねた。紺碧の海と灼熱の太陽。サンティアゴ老人が船出した桟橋では、漁師が網を投げていた。海辺で老人がギターを奏でる。ブルゲーテの村も同じように鄙びていた。ヘミングウェイはこの情景を好んだのだろう。

 はるか前方に、周囲の平野から一段と隆起したパンプローナの台地が見えた、とヘミングウェイが記した通りだ。バスを市街地入口で降りた。アルガ川河畔の高台にあるこの街には独特の風格が漂う。気温30度超。城壁の門をくぐった。パンプローナは4世紀以降、城塞都市としても生きてきた。

 まずは文豪が通いつめたカフェ・イルーナだ。カウンターの隅にその立ち姿がある。キューバ・ハバナのバーカウンターでも同じ像を見かけた。ヘミングウェイも好んだ藤椅子に座ってピンチョスをつまんで朝食。隣で80近いおばあさんがセルベッサを立ち飲みだ。まだ昼前。勇気づけられてオーダー、ヘミングウェイにひとり乾杯だ。

 サンタ・マリア・デ・パンプローナ大聖堂でお祈りした後、裏道をぶらり。爽やかな風が吹き抜ける。はっとするほど涼やか。あてもなくうろついていたら、木立に囲まれた闘牛場に出た。デカい。野球場ほどある。その向かい側の民家の壁に黒牛から逃げ惑う男2人を描いた白いタグが見えた。「Encierro」とある。真紅の板にコースを示す白線と矢印「⬅︎」。あの牛追いの現場はここだ!

 矢印と逆に歩いてみた。土産物屋や額縁屋が並ぶ。下り坂の先に陽に輝く釣鐘が見えた。ナバーラ美術館らしい。その真下に古木の囲い場。猛牛はここから放たれるらしい。世界中から観光客を集めて熱狂する祭りの出発点と思えぬほどそっけない。木の柵だけは頑丈。さすがの猛牛も壊せまい。

 闘牛場まで826㍍。誰もいないし、せっかくだから50㍍ほど走ってみた。警官2人に「オッラ!」と拍手された。美術館裏手の高台に立つと、赤煉瓦の屋根が並ぶパンプローナを一望できた。

 宿は煉瓦装飾が見事な石壁のアルベルゲ(巡礼宿)である。クレデンシャルさえあれば、誰でも自由に泊まれる。宿代8ユーロ。通路に沿って二段ベッド200余。日本人の女性2人に出会った。有給休暇で巡礼だとか。シャワーを浴びて戻ると、カミーノを歩いてきたケイル君一行がチェックイン。緑あふれた道を35㌔、8時間歩いたという。

 ベッド周りにいた者たちでクリア通りへ食事に行く話がまとまった。日韓伊仏加など国籍豊かに総勢9人。街中はすごい人出に。BARに入りきれない男が立ち飲みし、地べたに座り込んでワインを飲む女性も。

 会った瞬間、みんな友達だ。フレンドリーで構えたところがなく最高に楽しい。四国遍路を歩いたノルウェー男性ゾルランが真ん前に座った。つるつるのヘッドスキンにブルーのシャツ。オスロ大で電子工学教授だとか。

 「銭湯最高。箱根の温泉行きたいよ」と日本を褒めちぎり、看護師と盛んにグラスを重ねていた。若者たちに付き合っていては持たない。帰る道すがら、路地に吹き流れる微風をまた感じた。ヘミングウェイもきっとこの風を好んだに違いない。

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