モリテツのスペイン紀行41 「ガリシア旅情」 (オ・セブレイロ~ポルトマリン)
ガリシアは霧雨がよく似合う。緑の山並みが浅葱鼠(あさぎねず)に霞んでいる。雨露に濡れたアジサイが瑞々しく、周囲のくすんだ空気を華やかにしている。
早朝のバスにケイル・美帆嬢と乗って朝の景色を眺めている。突然、視野が広がった。谷間の村は深く白い霧に覆われ、静まり返っている。彼方に霞んで見えるのは、サン・シュリアン・デ・サモス修道院だ。
サモスは隠遁の里といわれる。晴れてきた。結婚式のカップルらしい。映画のワンシーンを見せられたごとし。カッコよすぎる。道端の壁絵もまたいい。カフェに行くと、マダムが愛想よく手を振ってくれた。そのカフェ・コン・レチェの美味なこと。
サンティアゴ・デ・コンポステーラまで120㌔余となって家族連れの巡礼者が増えたようだ。可愛いリュック姿の少年少女。コーラスするイタリアの主婦グループ。ウクレレの女子大生も。ブナやナラの葉が緑濃い原生林の並木道を何度も深呼吸しながら歩いた。車道に出ると、ヤン夫妻が車を停めて、「乗ったら」と手招きしてくれていた。なんてツイているんだ。くたびれかけていただけに3人共々、この偶然に大喜び。
サリアを過ぎ、20㌔ほど走ったか、ヤンさんが車を停めた。ミラノス村の一角、砂利道の角に「(あと)100㌔」の石碑。世界中のペレグリーノがここを通り過ぎるのをどれほど楽しみにしていただろう。それを思うと、そのさりげなさがいい。昔のままの素朴な風情。観光宣伝して有名になどという気はないのだ。土産屋が一軒。ホタテ貝をデザインしたアクセサリーが1ユーロ~5ユーロ。商売っ気ゼロ。村人は巡礼の心を大切にしているのだ。気分が爽やかになる。
ミニョ川沿いにダム湖が広がる街ポルトマリンに着いた。ヤン夫妻は友人宅に泊まるらしい。せっかくなら眺めがいい宿をと数軒当たったが、どこもFull。疲れてBARに入った。ふっくらした愛嬌いい女将が出てきた。料理上手に思えたのでボカディージョを頼んだ。ずばりだ。ついでに訊ねた。
「見晴らしが良い宿をご存知ない?」
女将が微笑んで自分の鼻先を指さし、その指を今度は下に向けて上下した。カウンターを出てベランダに連れていかれた。
「この下はうちのアルベルゲなの。見晴らしはこんなものよ」
スペイン国旗がなびくベランダから蒼い湖を一望。街のシンボルはロマネスク様式のサン・ニコラス教会。ダム建設で街は水底に沈んだが、900年の歴史がある教会を湖底に沈めるのは忍び難いと移築したという。時計台を思わせる四角い建物。くすんだ渋茶の外壁は黴びて見えるが、近づくと、年季が入った錆利休の趣。黙示録にある24人の楽士を描いた彫刻も。
広場の隅から、バグパイプや横笛の軽快なリズムが聞こえてきた。民族衣装の娘さんによるケルト音楽のお披露目らしい。
シャワーを浴びてくつろいでいると、ヤンさんからメールが来た。「世界遺産の街を案内しましょう」とのこと。城壁の街ルーゴはここから直線で約20㌔。20分くらいの距離だ。再び5人でドライブ。申し訳ないのでケイル君が運転役。1,700年間、街と住民を守り抜いた長い岩壁が連なるルーゴは町全体がシックな感じ。花崗岩の壁はざらっとしてひんやり。巨大な門柱の間に細い出入口があり、門をくぐると、BARがひしめく別世界が広がる。
城壁の階段を上った所は二車線分はある生活道路。真ん前には大聖堂の二対の尖塔。この街も世界遺産を売り物にという雰囲気にはおよそ縁遠く、人々は現代と古代が入り混じる雰囲気を愛しんで静かに暮らしているように思え、観光の上品さを肌で感じた。