1. HOME
  2. モリテツのスペイン紀行⓭「漁夫の利ツアー?」(ムルシア~カルタヘナ)

モリテツのスペイン紀行⓭「漁夫の利ツアー?」(ムルシア~カルタヘナ)

見知らぬ地名が掲載されて、「一体、どのあたりをうろついているんだ?」という読者の皆さんのために、今回はまず我がスペイン紀行の地図をお示ししよう。
ポルトガルのポルトから大西洋、地中海沿いに随分歩いてきたものだ。今はアルメリアを発ってムルシアに滞在中。と言ってもピンとこないが、母の日のカーネーションはムルシア輸入産が多いと聞けば身近に感じる。
例によって一泊2,000円もしない安宿だけど、アクセスだけは超一等地。宿から大聖堂(写真1)が見渡せ、黄金色に輝くエピスコパル宮殿もすぐそば。
二段ベッドの下で片付けをしていると、上段ベッドの男性がニコニコしながら、指先で食べる仕草をして、人差し指で外を指差した。「夕食に行かないか」と誘ってきたのだ。OKして表に出たが、フランス人のクレマンさん(写真2)はフランス語しか話さない。
フランスのランスというベルギー国境に近い街からやってきたと言うけれど、それ以上の会話はランチテーブルに互いのスマホを置いてGoogle翻訳を開いた。まずはシャンパンで旅の無事を乾杯、ビールジョッキを抱えて交互にしゃべり合う。これが楽しい。
たわいない会話をして大笑いしていると、ウエートレスが「そんなにムルシアがお気に入りなの?」とほほ笑んで、なんとワインボトル1本サービスだ。スペインでは「水は有料でも、ワインはタダ」を地で行く話。二人同時に「グラシアス!」と発声すると、ウエートレスは親指を立ててにっこり。
出てきたスープがまた絶品(写真3)。何の粉だろうか、よくわからないまますすった。クレマンさんはポテトと鶏肉のミックス料理(写真4)、小生は隣のテーブルの女性が食べていた脂こってりのステーキ(写真5)。
ノートルダム大聖堂があるランスはシャンパーニュづくりの町として知られているそうで、数多くのメーカーがあり、クレマンさんも製造過程で大事な貯蔵室の管理責任者。
どうりで最初の乾杯をシャンパンでやったわけだ。小生はジャーナリストと言うと羨ましがられて次々に質問が飛んでくる。あっという間に2時間が過ぎたところで、「明日、マール・メノールに行こう」とおっしゃる。
「それは何?」とたずねても、答えが要領を得ない。Googleで調べると、マール・メノールとは小さな海という意味で、淡水と海水が混じった汽水湖。
翌朝11時、ムルシア駅からrenfeでカルタヘナに向かった。ほぼ50㌔50分。料金750円。カルタヘナの駅舎がまた実に古典的で風格がある。駅前に待機していたタクシー運転手が「セニョール、Turismo(観光)?」とたずねてきたので「Yes」と答えると、「セルビッチオ」と言って背中を押して二人を車内へ。サービスするからと言ったらしい。いずれタクシーは捕まえるからいいとして、マール・メノールまでの往復料金を交渉しなきゃいけない。
運転手は「Bueno(OK)」と車をさっさと走らせた。タダほど高いものはない、がちらつく。着いたところは旧ローマ劇場(写真6)。市内観光をサービスするつもりなのか。
街のど真ん中に2,000年前の遺跡が厳然とある。さっと車を下りて入口まで案内した。ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥス(在位:紀元前27年~紀元14年)によって建てられ、1987年に発見された。
入場料6ユーロ。内部の構造が複雑というか古代と現代が混在した感じ。小洒落た褐色のマンションにでも入るような入口を入り、さまざまな遺跡出土品の展示場を経て上階に行き、トンネルめいたところをくぐって表に出ると、パッと視界が開けて目の前に壮大な古代の劇場がお目見えする。デカい。7,000人も収容とか。
表だけを紀元前で残し、内部は地下を含めて徹底的に近代化。こういう文化財の保護手法は日本では受け入れられないだろう。
運転手は、ベニートという名の50代のでっぷりしたおじさん。劇場を出ると、今度は歴史遺産的な市役所庁舎(写真7)へ案内しながら、クレマンさんに話しかけた。スペイン語でわからない。即Googleだ。
「セニョール、フランス人だね。うちの息子はマルセイユ(南仏)のお嬢さんと結婚するんだ。その恩返しのサービスだよ」
まさに漁夫の利ツアー。思わず二人、握手した。

 

プロフィール

森哲志(もりてつし)
作家・ジャーナリスト。日本エッセイスト・クラブ会員。国内外をルポ、ノンフィクション・小説を発表。『もしもし』の「世界旅紀行」は、アフリカ、シルクロードなど10年間連載中。著書近刊に退位にちなんだ「天皇・美智子さま、祈りの三十年」(文藝春秋社・2019.4月刊)。月刊「文藝春秋」3月号に「天皇ご夫妻と東日本大震災」掲載。「団塊諸君一人旅は楽しいぞ」(朝日新聞出版刊)など著書多数。
森哲志公式サイト
mtetu@nifty.com

関連記事