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多磨高等予備校

小村洋の「2026 合格対談1」

上智大(総合グローバル学部)岡田千畝くん(沖縄カトリック中高)とお父様、代表・小村洋

~小論文の議題が、2学部共に的中!~
倉田の小論文・面接指導で、第一志望の上智合格!

対談動画は、『多磨ヨビ』公式WEBでご覧に!

小村:今日は岡田千畝君、上智大学総合グローバル学部に現役で合格して進学する優秀な生徒さんに来てもらいました。千畝君は命のビザで有名な杉原千畝さんと同じ文字を書きます。正確な数はわかりませんが、何百人、何千人というユダヤ人の命を救った有名な人ですね。今日は杉原千畝さんの話ではないので、岡田千畝君の受験の話を聞きたいと思います。
千畝君は、公募推薦入試で上智大学に合格した本当に優秀な生徒さんです。彼は、一貫校の沖縄カトリック中学高等学校を経て、早くも2025秋に、実力で合格切符を手にしたわけです。特に英語の伸びが大きかったんじゃないかと勝手に思ってますけれど。公募推薦を目指す受験生も多いと思います。今日はじっくりと伺います。
お父様も来てくれています。このお父様が私の長い長い友人なんで、嬉しくてしょうがないんですけれども。あっちこっち話が飛ぶかもしれませんが、お二人の話をうかがってみたいと思います。
まず、お父様から伺いますね。私の記憶だと1997年、平成9年に、双葉学院でアルバイトしていた時に先輩講師でいらしたのが岡田さんでしたね。
父:はい、そうです。
小村:一年間ちょっとお付き合いいただいて、とっても楽しかったです。しかも、私が辞めた後も、私が自分でこちらで予備校をやるようになったときに、逆にアルバイトできてくれたんですね。あの時も随分お世話になりましたね。頑張って活躍してくれて、教科ももちろんできるんだけども営業の仕事を一生懸命やってくれて。もちろん岡田さんだけの力ではないけれど、岡田さんがやってくれたおかげで、本予備校はつぶれずにこうやって、上智大学合格者の生徒の動画撮影ができるようになったわけで、いろんな意味で感謝しています。ありがとうございます。ちょっとすみません、それちゃうけど、その時の思い出、懐かしいので。
父:そうですね。当時は、ここの前の小さなビルの一角で、中学生専門の塾の中に間借りをしていたんですね。そこで予備校を立ち上げるという話をされて。双葉学院を小村先生がお辞めになられてもつながってはいたんですね、時々電話でお話もして。私もいろいろあって、手伝わせてくれないかと話をさせてもらって、それで主に営業と中学生の英語担当をやらせてもらったんですね。
小村:頑張ってやってくれましたね。
父:そうですね。
小村:本当に、懐かしいなあ。
父:で、初年度15人の生徒でスタートだったんですけど。当時欠席者がいたとすると、小村先生は、貝取団地とかに車で行って、ドアをどんどんと叩いて、私か小村先生のどちらかが「おい、早く行くぞ」と言って、怪しい取り立てみたいな感じで、生徒さんの身を取り立てて、予備校に連れてきて。初年度、MARCH(明治、青山、立教、中央、法政)にかなり合格されたということがありました。そのときから小村先生の熱心さと、言われたら断り切れない講師たちが、いろいろなところから集まってきて。僕も代ゼミから来たんですけど、そこにいた先生も何人かいらして。電撃的な再会をした先生もいらっしゃいました。そういう中で、生徒さん思いだとか親身さとか熱心さとかがどこの予備校にも負けないと、その当時から読んでまして。これは絶対伸びるかなと思っていた予備校でした。それが今の通り、電話番号ではないですけど「苦労よ花咲け」になっていると思いますね。これ以上言ったら営業活動になって、うちの子のことはほったらかしになっちゃうので、これでやめときますね。
小村:ありがとうございます。伸びる予備校と言っていただいて、嬉しかったです。じゃ、肝心の千畝君の受験勉強の話を。今、ちらっとお父様から伺ったところだと、中学校2年から英語が伸びたという風にうかがいました。その辺を補足して教えていただけますか?
千畝:私が英語を好きになったきっかけとしては、二つあります。一つは学校の担当だった英語教員がとても熱心に教えてくれる方で、英語の指導方法によって、今後も変わってくることを知ることにもなりました。もう一つが、海外サッカーを見るようになったことがあります。自分は小学生の頃からサッカーをずっとやってきていて。
小村:そうでしたね、前にもサッカーのために来てくれたものね。
千畝:もともと、日本国内のサッカーを見ていたんですけど、海外サッカーに目を向けるようになって、一度海外に行ってみたいという気持ちがそこで生まれるようになりました。そこで、高校一年生になってから、文部科学省の「トビタテ留学japan」に応募して、スペインに留学しました。
小村:サッカーの本場でしょう。その時の思い出、ちょっと教えていただけますか?
千畝:一ヶ月半ほど留学していたんですけど、事前情報では、英語がある程度通じると聞いていたんですけど、実際に行ってみるとスペイン語しか通じなくて。スペイン語も日常会話程度しかできなかったので、すごい苦戦していて。語学を学ぶ大切さを、そこで学びました。
小村:確かに、スペインは世界を制覇していた時代もあるから、誇りがきっとあるんだと思いますよ。その辺が言語にも表れているのかもしれません。そういう言語の壁も乗り越えて、一ヶ月半頑張ってやってこられたわけですよね。今、教えてくれたのは英語が伸びたこと、海外に目を向けてスペインでサッカーの練習をやってこられたということでしょうか? それで、上智に入るってのは、本当にどの学部に入るのもとても難しいので。公募推薦の時の受験した科目を教えてもらえますか?
千畝:60分で800文字の小論文と、面接試験がありました。まずは小論文ですが、学校で普段から小論文は書いていたのですが、それでも60分で800文字っていうのは厳しい内容で。最初の頃は、800文字描くのに1時間30分位かかっていたんですけど。『多磨ヨビ』さんの方で倉田先生にご指導していただいたおかげで、最終的には、50分位で書けるようになりました。当日も結構時間が余る位で、最終チェックもできるような状況になりました。
小村:小論文の力がものすごく伸びたわけですね。
千畝:そうです。
小村:いやあ、しっかりしてるねえ。前に来てくれた時は、まだ小っちゃかったからかわいい少年だなあと思ってたけど、話しぶりから態度、服装、表情、貫禄というのは不適切かもしれないけれど、風格といっていいかなあ。後光がさしてるっていうか。どういったらいいのかなあ。もてますよ、絶対もてる。好青年っていうのはこういう若者のことをいうんだろうなって。いい子育てしましたね。
父:ありがとうございます。
小村:英語もできたけれど、得意なサッカーが良かったですね。
父:そうですね。
小村:お父さんの立場で勉強とスポーツの両立で心がけたことはありますか?
父:そうですね、サッカーはやらせてはいたんですけども、学校の勉強をおろそかにはしないように厳しく言っていたことはあるとは思いますけれど、そちらの方向でスペイン留学を機に語学の方に気がいって。スペインの後に、本人から話があると思うのですが、フィジーに語学留学をしたんです。それも、いくつかの国がある中で治安だとか英語が綺麗だとか、本人が全部調べてきて。フィジーってあまりお金がかからないので、1ヶ月いって、そこで、ちょっと大きな問題にぶち当たって。それが今回の上智大学の学科選択につながっていくきっかけになっていくという形になるんですね。
小村:なるほど。
父:あと、心がけたのが、学校の評定はなるべく取ろうということ。技的にですね、不得意科目はとらない。できる限り基礎的な科目を全部取りましょうと。学校とも「なになにとってください」「いやそこは全体折れられません」って言って。自分自身が受験で凄い苦労したので、そういう苦労したことを子どもにさせたくはないので、それなら、得意な分野を伸ばしていこうと。今の入試がそうなので。
小村:それはいいです。もちろん苦手な科目もいい加減にはできないんだけど、得意を伸ばすのが良いです。実は私ね、がんで14年前にほっとくと死ぬっていわれたんです。ほっといてるけど、まだ生きてますからね。漢方の考え方って、悪いところを西洋医学のように叩くのではなくて、免疫力をあげるとかね。同じですよね、発想が。得意なところを伸ばす。体の得意なところを伸ばして、がんと闘うってことなんでしょうね。得意なことを伸ばすっていう発想は絶対いいと思う。苦手なものは苦手です。いい加減にしていいわけじゃないけれどね。いいお父さんだね。お父さんの言葉の中に、千畝君を大切に見ていきながら、かつ、飛翔の踏み台、と言ったら申し訳ないけど、触媒、応援団というかな、してくれたんで、いいお父さんですね。しっかりしたお子さんで、うらやましいわ。今、大きな問題といわれたけど、どちらからでもいいです、教えてもらえますか。
千畝:流れをもう一度説明させていただくと、スペインに留学した際に、スペインの相対的貧困を目の当たりにしたことがあって。
小村:相対的貧困ですね。
千畝:街中で物乞いしている方がいるだとか。先進国でも貧困が存在するっていうことを知ったときに、発展途上国はもっと深刻なのではないかと思い、実際に見てみたい、行って見たいという気持ちになって。
小村:それがフィジーなの?
千畝:そうです。それで、どうせなら英語も勉強したいということで、公用語が英語ということ、治安もそこまで悪くない、で、発展途上国といったところで、今回フィジーを選んで1ヶ月留学。
小村:国際的ですよね。まあ、二つに分ければスペインは先進国でしょう。物乞いしている人がいるとしても。ヨーロッパの先進国と言ってもいいんだろうと思います。フィジーはどちらかというとその反対ということで。幅広く世界を見られて、サッカーを通じて精神と肉体を鍛えられて。夢があっていいなあと思いましたね。
千畝:2回目の留学をした際に、私はやっぱりサッカーが好きだったので、日本からサッカーボールを持って行って、頻繁にサッカーをしていたんです。すると気づいたのは、現地の子どもたちが使っているサッカーボールは日本では使われていないようなボロボロな物ばかりで、空気入れも持って行ったんですけど、それを見たファミリーが「なんだこれは」という感じで。携帯可能な空気入れを知らなかったんです。改めて詳しく調べてみると、存在は知っているけれど、高価でなかなか手が出せない。空気入れが使えなかったら、サッカーボールもボロボロになるっていう風に連鎖しているのかなって。そこで帰国後に、どうにかできないかなと考えたところ、高校生としてできることの最大限のこととしてはクラウドファンディングだと。それで、2025年の3月から4月にかけてクラウドファンディングを実施して、目標金額を50万円に設定して、そちらも達成しました。
小村:達成した、すごいな、立派なお子さんだね。双葉学院の時は、僕たち、まだ青年でしたよね。30年くらい前のこと。それでこんな立派な子どもができてるんだから、時間が経つのは早いよね。嬉しいなあ、持つべきものは友達っていうか。人間関係ってね、大事です。『多磨ヨビ』が今、こうしてやってられるのも、同じ双葉学院で出会った水島が来て、主力で働いてくれている。私が、14回司法試験に失敗しまして、最後三年間借金して、月々20万、一年間で240万、2年で480万、3年で720万借金して、社会に出た時36歳、無職でした。それを貸してくれた相手に返していったんですけど、返していったその人が、ここの連帯保証人ですからね。やっぱり、持つべきものは友達っていうか。社会は人間関係で成り立っている。人間関係って苦しい面もあります。給料は人間関係の慰謝料だなっていうような人もいて、それはそれでわかるんですが。人間関係がなければ、仕事できないですよね。その時はどうこうしようなんて思ってつき合ったわけじゃないんですよ。結果的にこんな風にして助けてもらって。今日も助けてもらってるわけですけども。やっぱり、人と人との誠実なつながりは大事にした方が良いなと。
父:ですよね。
小村:つくづく思いますよね。
父:今回、息子を任せるというのも、以前に営業をしていた時に、よく小村先生に「いいものを売る場合は詐欺じゃないんだからどんどん売るぞ。ガンガン電話しよう、訪問しよう」って言ってたんですね、一年目の時に。じゃ、自分の子を任せられる予備校があるかって言ったら、ちょっと沖縄県内はきついなってのがありまして、県外どこがいいか? 本当は小村先生の『多磨ヨビ』に通いたかったけれども、夏もあったし、留学の件もあったので、じゃそれなら、オンラインでやってくれます?って話でつながったんです。一番推したのは、うちの妻なんですね。妻が推して、小村先生なら大丈夫だって、あんた小村知らんだろうって。よくやってたんですけど。知らんくせに偉そうに言うなって、言ってたんですけど。見てればわかる、と。ホームページ見ればわかるし、あの先生の電話を聴けばわかると。あんたにテンション似てるねと言われたんですけど。似てるからいいんじゃないのって。話もして。たぶんそれもつながってるのもあると思うですね。やっぱり、熱血漢なんですよ、僕ら二人。
小村:2001年、岡田さんに手伝ってもらった頃は、電話してもらって、あるいは私の妻が電話して。「パンフをお届けしていいですか?」って。大体断られます。でも、10軒か20軒に1軒、「それなら」って。そのまま車に乗って、今度は愛宕だ、今度は貝取だとか。電話して了解がとれたら、すぐ持っていくからびっくりします。びっくりするけど、そこまでいうのなら、というので来てくれた家庭ちが何軒もありました。ごめんなさい、つい昔ばなし、懐かしいんで話しちゃって。戻します。そうやって、お母さんがプッシュしてくれた。倉田の指導ね、一生懸命やったでしょう、倉田。
千畝:そうですね。小論文に関してもなんですけど、添削の依頼を毎日のように写真を撮って送って、その日中に返ってきて。こういったところの口調を直した方がいいとか、逆にこういったところはすごくいいから継続すべき、みたいなお話とかもいただいたり。後、例文みたいな感じで、同じ題で書いていただいて、自分が持っていない視点を与えてくださったといったところもありました。
小村:倉田は慶応に受かってるんですよ。言ったのは関西学院大学なんですけどね。ご存知だと思いますけど、慶応は小論文がものすごく比重が重いんです。彼自身も受験自体に相当苦労してる。彼はベネッセに行って、そこでもそういった関係の仕事をしていました。また、かつ、真摯に仕事をする男ですから、お役に立てたみたいで嬉しいなと。最初は対面でやろうかと言ってたんですよね。だけど、いろいろな事情でね。沖縄と東京だとなかなか難しい。住むところから。でも、今はWEBの機能が発達しているので、zoomでしょ?
千畝:そうです。
小村:zoomだと結構臨場感もあっていいですよね。私たちは一切WEBを使わないわけじゃないんです。コロナの時には本校に生徒が通うことができないようになりました。塾・予備校は学校と同視されるんで、2020年4月から6月くらいまで、学校も塾も通ってはいけないというときがあったんですね。そのときにやむなく、zoomの授業を配信して、私も苦手な映像授業をやりました。ただ、世にいうところの、大手予備校では、収録した録画を一方的に流すだけなんですね。ですから、その先生の一方的な話を聞くことしかできない。その先生に質問することもできない。その先生は生徒の顔・表情はわからない。それは嫌だなという思いが私にはありました。zoomの場合には直接話ができますし、今はいろいろ技術が発達しているから、書いたものも映るんですよね、前にね。だから相当の成果が上げられるんだろうなと思っています。で、倉田の指導、もう少し補足ありますか?
千畝:面接についてです。自分は上智大学の二学部併願することができて。
小村:具体的に教えていただけますか?
千畝:上智大学の総合人間科学部教育学科の方にも第二志望といった形で出願しました。
小村:総合グローバル学部が第一志望で。
千畝:はい。そういった形で出願させていただいたのですが、その面接に関しても臨機応変に、じゃ今回は教育学科の面接をやろうねといった感じで、それぞれ分けた状態で、教育の視点も総合グローバル学部では国際的な物だったり、共通の質問だったり、本当に幅広く対策をしていただけました。
小村:一言でいうとカスタマライズっていうんですか、きめ細かく、志望学部に応じて、十把一絡げの指導ではなく、具体的に個別的に妥当な指導をしてくれたと言い換えていいですかね。
千畝:はい。
小村:倉田が喜ぶと思います。倉田、今授業をしてるんですよ。会いたいなあって言ってました。だからちょっと顔出してやってください、喜ぶと思いますので。
千畝:さっき少しだけ。
小村:あ、そうなの、それはありがとうございます。やっぱりね、この仕事をしていて、生徒が合格したよって、報告してくれるのが何よりうれしい。ましてや、岡田さんは友人ですから。それがしかも沖縄からこうやって来てくれて。人生で嬉しいこと、おそらくベスト3に入るんじゃないかなと思うくらいうれしいですね。
父:入試も的中したんですよ。
小村:当たった?
父:一緒にこちらに来たんですけど、お昼休みにLINEをしてきて、いいのかLINEなんかしてっていったら、周りがみんなiPadしてるからいいって。そしたら、問題が的中したって。
小村:当たった?
父:両学部とも的中していました。
小村:どんな問題が出た?
千畝:練習問題とかみたいな形で、直前にも解く用の小論文の議題っていうか問題を送っていただいていたのですが、上智大学の傾向として、先進国の一方的な視点だけで問題をとらえることを批判的にとらえるところがあって、それで、実際の練習問題にも近しい形の、本番も先進国の暴力性についての文章が出題されて、それを要約して、自分の意見を書くっていう。
小村:フィジーに行って空気入れないのを見てるから、そりゃ説得力もつくわ。そりゃ受かるわね。それだけで受かったわけではないんでしょうけど、やっぱり、日々の一つ一つの真摯な行動が合格を勝ち取ってるんですね。感心する、岡田さん、立派な子どもに育てたなあ。お父さん、鼻高いでしょう。
父:ありがとうございます。おかげ様です。
小村:良い子育てしたなあ。うれしいなあ。沖縄からきていただいたんですけど、最後に言い残しがあったら、お父様から。
父:子どもに対して好きなことはさせてあげられるようにしたいということですね。お金がないとか困ることもよくあるんですけど。生まれてから児童手当を一切使わずにこどもの預金に積んでいきました。それで、留学とか予備校のお金とかそこから捻出することができていたので、そういう形で計画的に経済面でも考えながらやっていったことがあります。あと、最終的に世界を股にかけるグローバル系な学部に行ったってことは、沖縄にはJAICAの国際センターがあるんですが、そこの食堂に子どもの頃からよく連れて行って、いろんな国の方がいらっしゃるところに、近くにわざと行って。小っちゃい頃から肌の色とか国の言語とか、しゃべり言葉とかで人は差別しちゃいけんとずっと言い続けてきたんですね。それが多分、種になってきて、そういう方向に進んだのかなとは思っていました。多くの親御さんで、自分の子を一緒にさせたいって人が多くて。うちも初めはそうしようと思っていて。でもそれはちょっと違うんじゃないかなと思って。サッカーやいろんなことを通じいて、いろんな土壌があった上で本人が道を見出してくれたので、それは良かったという風に思っています。
小村:門前の小僧経を読む、っていうからね。勉強に最適な環境をお父さんが、経済面でもそれ以外の面でも考えてくれたんで、やっぱり愛情ですよね。おそらく、適度な厳しさを持った愛情なんだろうなと思って話を聞いてました。お父さん凄いですね、すごいと思った。千畝君はどうですか?
千畝:これまで話してきたことのまとめになりますけど、本当に倉田先生のご指導がなければ自分は合格できてなかったと思っていて、それも第一志望に合格できたのが、自分の中で嬉しくて。
小村:上智難しいよ。みんなが落ちるわけでもないんだけど、受かる生徒は少ないんですよ。
千畝:小論文に関しても、教育学科の小論文に関しては40分くらいでできあがりまして。総合グローバルと教育学科の試験が連続だったので、トイレに行きたくなっても行けるぐらい余裕があって。本当に、〝さまさま〟というか。
小村:倉田は本当に誇りを持ってやっているので、そういう思いが伝わるんだと思います。ありがとうございます。ここへ来てくれる生徒さん、あるいは御父母の皆さん、全部嬉しいんですけど。その中で特に特に嬉しかった、過去の人間関係の歴史も含めて、自分の人生本当に楽しかった時間でした。今日は本当にありがとうございました。

本対談動画は『多磨高等予備校』のホームページで!


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スポット名

多磨高等予備校

住所

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