モリテツのスペイン紀行⓫「整い過ぎが不満?」(グラナダ)
カテドラル近くのBAR(バル)に飛び込んで玉子の黄身を突き刺したタパスを立ち食い、早めの昼食代わりとした後、グラナダの主役アルハンブラ宮殿へ向かった。
グラナダ王国の牙城といわれる同宮殿はイスラム建築の最高峰とも評される。13世紀の建造。1492年イスラム・ナスル王朝が滅びてグラナダが西側キリスト教国に陥落させられた後、盗賊も怖がるほど荒廃しきったそうだが、19世紀、米国人作家ワシントン・アーヴィングがこの廃墟で小説『アルハンブラ物語』を書き、世界的に大ヒット。その縁で復興工事が行われて、かつての栄華を想起させる豪華絢爛な世界遺産誕生につながったという。
世界中から観光客が訪れ、1日6,600枚しかチケットを発売しない。入場も30分ごとに300人ずつに区切る徹底ぶり。
美帆嬢の最後の言葉を聞き逃していたら大変だった。入場券はすべて前売り。ネットで予約するシステム。前夜事前予約したクレジットカードを券売機に示して入場。このだだっ広い宮殿内を見て歩くと3㌔は覚悟しなければならないだろう、と思うと、失礼ながら思わず、ため息が漏れてしまう。
チケット売り場の西500㍍ほどの裁きの門から入ると、いきなり目の前にカルロス五世宮殿が現れる。不思議なことにこの壮大な宮殿は無料というからなんと太っ腹なことかか。
広大な敷地にある歴史的遺産のうち、なんと有料入場ゾーンは3ヶ所だけ。基本的には市民が楽しめる城壁公園である。このあたり外国の観光名所は商売よりまず観てもらう精神が行き届いている感じ。
観光のメイン、ナスル宮殿と庭園の美しさで知られる別邸「ヘネラリフェ」、それにグラナダ市街地を見晴らせる要塞「アルカサバ」だけが有料。この3セットすべてを観覧しても入場料14ユーロ(1,500円前後)だから格安だろう。
ナスル宮殿の「メスアールの間」は政と裁きの場。宮殿最古の建物だという。水面に建物が映る「アラヤネスの中庭」(縦29㍍、横16㍍)には人だかりが絶えない。隣のライオン宮は精巧に刻んで装飾した柱に見とれてしまった。庭の中央に12頭のライオンと噴水。回廊は漆喰細工の大理石アーチが124本。ここも見事だ。
そこから200㍍ほど西に移動すると軍事要塞アルカサバがある。要塞のトンネル通路を抜けて屋上に出ると、グラナダ市街を一望できる。その上にさらにベラ(歩哨)の塔も。はるか彼方にはシェラネバダ山脈の山並み。石の上に座りこんでガイドブックを広げてしばしの休憩。
なんとあの山脈から300㌔、ここまで水路が引かれているという。東京~豊橋間にあたる距離。その水が湧きかえるのがヘネラリフェとか。
アルカサバの狭い石段を下り、トンネルを抜けるように外に出る。アルカサバの外壁沿いは塁壁公園。噴水と庭木沿いに歩く。すべてが整然としている。ヘネラリフェに向けて、えんやこら東北へ700㍍。そこは別名「夏の離宮」。水音が爽やか。階段の脇に水路が通り、結構な勢いで水が流れている。
なぜ、こんな遠距離まで水路を……北アフリカの砂漠出身のイスラム王がいわばオアシスに憧れたのだ。冬ばかり雨が降って、夏は汗ダラダラ、喉カラカラのアンダルシアの天候が「故郷」と同じに思えたか。いわば贅沢な「水の宮殿」をこしらえた。王宮建設に大量の水が必要だし、むろん農耕用でもある。
水が豊かなのだから緑は一段と映える。すっくと立った糸杉。水路を挟んで緑のトンネルも見事。あまりに手が入れられて自然の趣より芸術作品。この整いすぎた雰囲気は小生向きじゃあない。どこか不揃いで人を和ませるようで寄せつけぬ威圧、恐れ……それこそ原自然だなどと生意気なことを考え、元々、宮殿など縁なしだものなぁ、などとひねた思いも片隅に帰りのバスに乗りこんだ。
プロフィール
森哲志(もりてつし)
作家・ジャーナリスト。日本エッセイスト・クラブ会員。国内外をルポ、ノンフィクション・小説を発表。『もしもし』の「世界旅紀行」は、アフリカ、シルクロードなど10年間連載中。著書近刊に退位にちなんだ「天皇・美智子さま、祈りの三十年」(文藝春秋社・2019.4月刊)。月刊「文藝春秋」3月号に「天皇ご夫妻と東日本大震災」掲載。「団塊諸君一人旅は楽しいぞ」(朝日新聞出版刊)など著書多数。
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