TamaHito 46
井上 潔 さん
66歳でカナダで英語に再挑戦 そしてアラスカへ一人旅も
30年続けた塾を閉じ、単身、カナダへ
京王堀之内駅前で「明るく・のびのび・ザックバラン」を掲げ、約30年、高校受験の個人塾を主宰していた井上さん。
「塾の子どもたちに、『勉強って大切だけど、自分が本当にやりたいことをするために努力をする方が大事なんだ』『自分で知ること・やれることには限りがあるけど、先人の知恵を知ることでカバーできる。それが勉強。勉強は、人生を豊かにするものなんだ。自分が本当にやりたいと思ったことを実現するために、勉強ってのはやるものなんだ』と、よく話していたんです。で、自分のことを振り返った時に、『ずっと塾をやり続けてていいのかな。どこかで区切って、そろそろ自分のやりたいことに向き合ってもいいんじゃないか』と、塾を閉じることを考えました」
それまで続けてきたものが一瞬で消えること、卒塾生が戻る「場」がなくなること、通っている子のこれからをどうするのか…などを考えると、「自分一人の考えだけで終わらせていいのか」とも考えました。「途中で投げ出すのですか」と抗議するお母さんもいました。けれど、それらすべてを受け止めて、経済・経営・知力・体力・時間などをじっくりと見据え、井上さんは決断。教室を閉じることを連絡し、半年をかけて塾を閉じました。そして、2018年7月、単身、カナダへと飛び立ちました。
「いろいろとやりたいことはあったけれど、若い頃から、現地でもっとしっかり英語を身につけたい、ペラペラ喋れるようになりたいと思っていて。中途半端な英語に決着をつけたいと思ったんです。そして外国のいろいろなものを、自身で見て感じたい、と出発しました」
カナダでは、ホームステイでの生活を選択。ホストのご夫婦とその二人を取り巻くさまざまな人との交流も、井上さんにとって貴重な体験になります。そして、世界各国から集まった、我が子よりも年下の若者たちに混じって、英語の再挑戦がスタートしました。
「生きていること自体がチャンスなのに、文句ばかり言っていても仕方ない。『人生はいつからだって始められる』という精神で、これからもやりたいことに挑戦したいです」
カナダでのホスト・キャリアナの父、アレンと一緒に
「ナントカシナイト」で、フランク安田を顕彰
カナダでの留学を終えた井上さんは、次の目標・アラスカの旅を決行します。4ヶ月間の車の旅。車中泊を繰り返し、野生動物とも遭遇。67歳の体にはかなり過酷な旅でもありました。けれど、さまざまなトラブルよりも「人との出会い、繋がり、縁」の方がはるかに勝ったと話します。一つの縁がさらに他の縁を呼び寄せ、繋がり、広がっていく、との素晴らしさを重ねていきました。
そんな井上さんは「フランク安田」の墓も訪れます。
フランク安田は、新田次郎が書いた『アラスカ物語』の主人公で、100年前のアラスカで、異国の人々のために命を懸けて生きた日系人です。井上さんは『アラスカ物語』を読んでいて、アラスカの旅程にフランク安田の墓参りを組み入れました。
陸路がない僻地なので、テントを担いで小型飛行機でビーバー村に行きました。フランクの墓は、草が生い茂る墓地の一番奥まったところに、ひっそりと佇んでいました。
「そこで、彼が営んでいた交易所が、崩れ落ちんばかりになっているのを目の当たりにしました。このまま朽ち果てていっていいのか、フランク安田は日本の宝じゃないか。彼の歴史的偉業を、誇りと理念を見失ったかに見える今の日本の若者たちにこそ、知ってもらいたい。そのためには、交易所をナントカシナイト…」
帰国した井上さんは交易所保全基金を立ち上げ、活動を始めたのです。目標額は100万円。目標額に達したら交易所保全のための具体的な行動スケジュール、必要経費などの詳細を公表。基金の受付は、2026年12月31日まで。
「この基金がうまくいくのか、修復が実現できるのか……。でも、ここまできたらやるしかないです」
プロフィール
1952年東京都武蔵野市生まれ、八王子市上柚木在住。大学卒業後、会社員を経て京王堀之内駅前で個人塾を開設。2018年、約30年続けてきたその塾をたたんで、単身で海を渡る。カナダで英語を学び、そこからアラスカへと旅に出る。その様子を記したブログ「おやじは荒野をめざす[カナダ編] [アラスカ編]」をリアルタイムで塾の子どもたちに発信。この秋、『リタイア、そしてアラスカ』(文芸社刊・1,980円)を上梓。アラスカで出合った「フランク安田交易所」を残すための保全基金を設立、活動中。ilovewell0323@gmail.com